スリランカ コーヒー深掘り:さび病が紅茶の国に変えた、セイロンの失われたコーヒー
19世紀の一大生産国を壊滅させた葉の病、紅茶への大転換、そして静かに進む復興
執筆 · Coffee Info 編集部
スリランカ——かつてのセイロンは、世界に名だたる紅茶の国です。けれどその紅茶王国が生まれた裏には、ひとつのコーヒーの悲劇がありました。19世紀、セイロンは世界有数のコーヒー生産国。ところが一枚の葉に現れたさび病が、わずか十数年でその一大産業を壊滅させ、島を紅茶の国へと変えてしまったのです。コーヒー史上もっとも劇的なこの物語と、静かに進む復興をたどります。
目次 · 9 章
スーパーの棚で「セイロンティー」の文字を見ない日はありません。スリランカ——かつてのセイロンは、世界に名だたる紅茶の国です。けれど、その紅茶王国が生まれた裏には、ひとつのコーヒーの悲劇がありました。19世紀、セイロンは世界有数のコーヒー生産国でした。ところが一枚の葉に現れた病が、わずか十数年でその一大産業を壊滅させ、島を紅茶の国へと変えてしまったのです。あなたが飲むセイロンティーは、いわばコーヒーの灰の上に咲いた花——コーヒー史上もっとも劇的なこの物語を、たどってみましょう。

なぜスリランカのコーヒーは「歴史」なのか
- かつての一大生産国: 19世紀、セイロンは世界有数のコーヒー輸出国だった
- 一枚の葉の悲劇: 1869年に確認されたコーヒーさび病が、十数年で産業を壊滅させた
- 紅茶への大転換: コーヒーを失った農園は紅茶へ転換し、「セイロンティー」が生まれた
- コーヒー史の教訓: 同じさび病は今も世界の産地を脅かす。その原点がここにある
- 静かな復興: 現在は中央高地などで、小規模ながらコーヒー栽培が復活しつつある
スリランカは1972年まで「セイロン(Ceylon)」と呼ばれていました。紅茶のブランド名として今も「セイロンティー」が使われるのはこのため。そして19世紀には、その同じ名が世界のコーヒー市場でも知られていたのです。
かつての一大コーヒー生産国
19世紀前半、イギリス統治下のセイロンでは、中央高地のキャンディ周辺を中心に広大なコーヒー農園が切り開かれました。涼しい高地の気候はアラビカ栽培に適し、1860〜70年代にはセイロンは世界有数のコーヒー輸出国に成長します。島の経済はコーヒーに支えられ、山の斜面はどこまでもコーヒーの木で埋め尽くされていました。当時、紅茶はまだほとんど作られていません。セイロンは紛れもなく「コーヒーの島」だったのです。

1869年、葉に現れた斑点——コーヒーさび病
1869年、セイロンのコーヒーの葉に、オレンジ色の斑点が現れました。コーヒーさび病(Hemileia vastatrix)——葉の裏に錆のような胞子をつくり、木を弱らせて枯らしていく菌類の病です。この病はセイロンで初めて科学的に記載され、1870年代から80年代にかけて島中に広がりました。打つ手はほとんどなく、コーヒー農園は次々と倒れていきます。わずか十数年で、世界有数だったセイロンのコーヒー産業は壊滅状態に陥りました。コーヒーの木にとって、さび病は今なお最大の脅威のひとつです。
コーヒーさび病(英語でleaf rust、スペイン語でla roya)は、その後も世界中の産地を襲い続けています。19世紀末にはフィリピンの輸出産業を壊滅させ、2012〜13年には中米全体に大流行して甚大な被害をもたらしました。耐病性品種の開発や、さび病に強いロブスタ種の普及は、この病との長い闘いの産物でもあります。セイロンは、その最初の大きな犠牲となった地でした。
紅茶の国の誕生——コーヒーの灰から
コーヒーを失った農園主たちは、生き残りをかけて別の作物を探しました。そこで白羽の矢が立ったのが紅茶(チャノキ)です。スコットランド人のジェームズ・テイラーは、1867年にルーレコンデラ農園で本格的な茶の栽培を始めていました。さび病でコーヒーが倒れると、高地の農園は次々と紅茶へ転換していきます。そして1890年、トーマス・リプトンがセイロンの茶園を買収し、「茶園から直接ティーポットへ」を掲げてセイロンティーを世界的ブランドへと押し上げました。今日世界中で愛される「セイロンティー」は、皮肉にも、コーヒーの壊滅という悲劇の上に築かれたのです。
もしさび病がなければ、私たちは「セイロンティー」ではなく「セイロンコーヒー」を飲んでいたかもしれません。一杯の紅茶の背後にある、消えたコーヒー産業の記憶——それを知ると、セイロンティーの味わいも少し違って感じられるはずです。
味のプロファイル——素朴でスパイシーなセイロンコーヒー
現在スリランカで作られるコーヒーは、かつての面影を伝える素朴な味わいです。標高や精製はさまざまですが、全体に重めのボディと低めの酸、そしてスパイスを思わせる風味が特徴。明るく華やかというより、どっしりと落ち着いた、土の香りのするコーヒーです。
- 風味: スパイス、ダークチョコレート、ナッツ、ドライフルーツのような素朴な味わい
- ボディ: 重めでしっかり。低い酸とあいまって落ち着いた印象
- 酸味: 低く穏やか。刺激が少なく飲みやすい
- 個性: 華やかさより素朴さ。伝統的なセイロンコーヒーの系譜を感じさせる
主要産地と復興
スリランカのコーヒーは、かつての一大産地だった中央高地を中心に、小規模ながら復興が進んでいます。アラビカとロブスタの両方が栽培され、地域によって性格が異なります。
- 中央高地/キャンディ: かつての一大産地。スパイシーで素朴なアラビカの復興ロット
- サバラガムワ: 南西部の丘陵。重く甘い、伝統的なセイロンコーヒーの系譜
- その他の高地: 小規模農家やスペシャルティの取り組みが各地で進む
産地ごとの個性はスリランカ産地ページでも整理しています。かつて世界を席巻し、そして静かに甦りつつあるセイロンコーヒーの「今」を感じてみてください。
さび病が世界を変えた——スリランカが残した教訓
セイロンのコーヒー壊滅は、単なる一国の悲劇では終わりませんでした。さび病は19世紀末から20世紀にかけてアジア各地に広がり、多くのアラビカ産地を苦しめます。その過程で、さび病に比較的強いロブスタ種が注目され、東南アジアの低地で広く栽培されるようになりました。また、アジアの多くの地域が「コーヒーの国」ではなく「紅茶の国」になった背景にも、このさび病の影があります。一枚の葉の病が、世界のコーヒーと紅茶の地図を塗り替えた——スリランカは、その物語の出発点なのです。コーヒーの長い歩みについてはコーヒーの歴史も合わせてどうぞ。
おすすめの淹れ方
スリランカのコーヒーは、重めのボディと素朴なスパイス感が持ち味。これを生かすなら、しっかりめの抽出が似合います。低い酸とコクを楽しむために、中〜中深煎りをやや濃いめに淹れるのがおすすめです。
V60で淹れる基本比率(1:16)
豆 15g / 湯 240g
- 焙煎度: 中〜中深煎り。スパイス感とコクをしっかり引き出す
- 湯温: 90〜93℃。重めのボディと低い酸をバランスよく
- 抽出: ペーパードリップのほか、フレンチプレスでコクを楽しむのもよい
- 楽しみ方: ミルクや砂糖、スパイスを加えても、素朴な風味がよく映える
よくある質問
なぜスリランカは紅茶の国になったの?
19世紀にコーヒーの一大産地だったセイロン(現スリランカ)が、1869年に確認されたコーヒーさび病で産業を壊滅させたためです。コーヒーを失った農園は紅茶へと転換し、ジェームズ・テイラーやトーマス・リプトンらの手で「セイロンティー」が世界的ブランドに育ちました。つまりセイロンティーは、コーヒーの壊滅という悲劇から生まれたのです。
セイロンコーヒーはどんな味?
スパイスやダークチョコレート、ナッツ、ドライフルーツを思わせる、素朴で力強い味わいが特徴です。重めのボディと低めの酸を持ち、華やかというより落ち着いた土の香りのするコーヒー。伝統的なセイロンコーヒーの系譜を今に伝えています。
今もスリランカでコーヒーは作られているの?
はい。かつての一大産地だった中央高地(キャンディ)やサバラガムワなどで、小規模ながらアラビカとロブスタの栽培が復活しつつあります。生産量は世界的に見れば多くありませんが、歴史あるコーヒーの島の「復興の一杯」として、少量流通しています。
スリランカのコーヒーは、味わう前に「物語」を知ることで、ぐっと深みを増します。世界を席巻した一大産業が、一枚の葉の病で消え、その灰の上に紅茶の王国が生まれた。そして今、わずかながらコーヒーが甦りつつある。次にセイロンティーを飲むとき、そしてもしセイロンコーヒーに出会えたときには、この島が辿った数奇な歴史を思い出してみてください。一杯の味が、きっと違って感じられます。
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