コーヒーの歴史:エチオピアの伝説から「第三の波」まで
ヤギ飼いカルディ、イスラム世界、大航海、そしてスペシャルティ
執筆 · Coffee Info 編集部
一杯のコーヒーには千年の物語があります。エチオピア起源の伝説、イエメンで生まれた飲用文化、ヨーロッパのカフェ、そして3つの「波」まで。いま飲んでいるスペシャルティが、どこから来たのかを辿ります。
目次 · 8 章
いまあなたのカップにある一杯は、千年以上の旅の末にたどり着いたものです。原産地の高原から、宗教儀礼、革命のカフェ、植民地のプランテーション、そして現代のスペシャルティへ。コーヒーの歴史をたどると、世界史そのものが見えてきます。

起源:エチオピアの高原
有名なのが、9世紀ごろのヤギ飼いカルディの伝説。赤い実を食べたヤギが元気に飛び跳ねるのを見て、その実の力に気づいた——という物語です。史実かは不明ですが、コーヒーノキ(アラビカ種)の原産地がエチオピア南西部の高原であることは間違いありません。当初は飲み物ではなく、実をすり潰して脂肪と混ぜた“携帯食”として食べられていたと言われます。
イエメン:世界初の「飲み物」として
15世紀、紅海を渡ったイエメンで、コーヒーは焙煎して湯で抽出する「飲み物」になります。スーフィー(イスラム神秘主義者)が夜通しの礼拝で眠気を払うために用いたのが普及のきっかけ。積出港モカ(Mocha)の名は、いまも「モカ」としてコーヒーの代名詞に残っています。当時、苗や生豆の持ち出しは固く禁じられていました。
ヨーロッパへ:カフェの誕生
17世紀、コーヒーはヴェネツィアを経てヨーロッパへ。ロンドンのコーヒーハウスは、わずかな入店料で知識人が議論を交わす場となり「ペニー大学」と呼ばれました。保険のロイズや株式取引所も、元はコーヒーハウスから生まれています。コーヒーは情報と商売を動かす“社交の燃料”でした。
大航海と植民地:世界へ広がる
やがてオランダがジャワ島で、フランスがカリブ海のマルティニーク島で栽培を始めます。18世紀、たった数本の苗木が中南米へ渡り、ブラジルやコロンビアの広大なコーヒー帯の礎になりました。インド洋のブルボン島(現レユニオン)で生まれた「ブルボン種」も、この時代に世界へ拡散します。
中南米で栽培されるアラビカの多くは、わずか数本の苗木の子孫。だから遺伝的多様性が乏しく、サビ病などに弱いという課題を今も抱えています。
3つの波(Three Waves)
- 第一の波(〜1960年代):インスタントと大量消費。「安く・手軽に」が主役で、産地や品質は二の次
- 第二の波(1970年代〜):スターバックスに代表されるエスプレッソ/カフェ文化。産地名やローストが語られ始める
- 第三の波(2000年代〜):豆をワインのように扱う時代。農園・品種・精製方法まで遡り、浅煎りとダイレクトトレードが広がる
そして今:第四の波へ
近年は抽出の科学化、嫌気性発酵などの新しい精製、ゲイシャ種の高騰、そして気候変動への対応が焦点です。アラビカの栽培適地は温暖化で縮小すると予測され、サステナビリティと品種改良が業界の最重要テーマになっています。いま飲む一杯は、こうした最前線の上に成り立っています。
日本のコーヒー史
日本人とコーヒーの出会いは江戸期、長崎・出島のオランダ商館でした。明治には「カフェー」が登場し、戦後は喫茶店文化が花開きます。世界初の缶コーヒーが生まれたのも日本(1969年)。2010年代にはサードウェーブが上陸し、いまや自家焙煎店とスペシャルティが全国に広がっています。
よくある質問
「モカ」はチョコ入りコーヒーのこと?
本来は別物です。「モカ」はイエメンの積出港の名で、そこから出るエチオピア/イエメン産コーヒーを指します。カフェモカ(チョコ+エスプレッソ)は、モカ豆のチョコ様の風味に由来する別の飲み物です。
「第四の波」はもう来ている?
明確な定義はまだありませんが、抽出の科学化・嫌気性発酵・サステナビリティ重視の流れを「第四の波」と呼ぶ人が増えています。気候変動への対応が、これからの主役テーマです。
コーヒーはどこで生まれたの?
コーヒーノキ(アラビカ種)の原産地は、エチオピア南西部の高原です。9世紀ごろのヤギ飼いカルディの伝説が有名ですが、史実かは不明。確かなのは、ここで生まれた野生のアラビカが、紅海を渡ってイエメンへ伝わり、世界中に広がっていったということです。いま飲むアラビカは、すべてこのエチオピアの森に源流があります。
なぜイスラム世界でコーヒーが広まったの?
きっかけは、15世紀イエメンのスーフィー(イスラム神秘主義者)でした。夜通しの礼拝で眠気を払うためにコーヒーを用い、それがイスラム世界に広まります。飲酒が戒律で禁じられるなか、人々を覚醒させ社交を生むコーヒーは「アラビアのワイン」とも呼ばれ、酒に代わる飲み物として受け入れられました。
コーヒーハウスが「ペニー大学」と呼ばれたのはなぜ?
17〜18世紀のロンドンでは、コーヒーハウスがわずか1ペニーの入店料で誰でも議論に加われる場でした。商人・学者・政治家が情報を交換し、知識が得られることから「ペニー大学(Penny University)」と呼ばれたのです。保険のロイズや王立協会、株式取引所も、こうしたコーヒーハウスから生まれました。
「サードウェーブ」と「スペシャルティ」は同じ意味?
ほぼ重なりますが、厳密には別の概念です。「スペシャルティコーヒー」は品質評価(カップスコア80点以上など)に基づく“豆の格”を指す言葉。「サードウェーブ(第三の波)」は、その豆を産地・農園まで遡って楽しむ“文化や潮流”を指します。高品質な豆(スペシャルティ)を主役にした運動が第三の波、と整理すると分かりやすいです。
コーヒーが「禁止」された歴史はある?
あります。コーヒーは覚醒作用と人が集う性質ゆえ、しばしば為政者に警戒されました。16世紀のメッカでは一時禁止令が出され、17世紀オスマン帝国でもコーヒーハウスが弾圧された時代があります。ヨーロッパでも当初「悪魔の飲み物」と疑われましたが、ローマ教皇クレメンス8世がこれを容認したという逸話が残ります。禁じても広まり続けたこと自体が、コーヒーの魅力と社交の力の強さを物語っています。
一杯のコーヒーは、エチオピアの高原から続く長い物語の“最新ページ”です。次に飲むときは、その背後にある千年の旅に少しだけ思いを馳せてみてください。
この記事は役に立ちましたか?
選ぶ・比べる
他の記事